くすりと細胞の仕組みを探る

くすりと細胞の仕組みを探る


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くすりが有効な道具として、からだのしくみが発見された例をもう一つ紹介します。ジギタリスは、心臓の働きを強めて血行を改善する生薬です。この生薬が、どのようにして効くのかを研究することで、細胞の基本的なしくみが明らかになりました。

 

くすりと細胞の仕組みを探る

 

生薬で心不全を治療する

 

ゴマノハグサ科に、キツネノテブクロという植物があります。英語名では、ジギタリスといいます。「ジギタ…」は「指」を示すラテン語です。英語で「digit」です。葉の形が手袋に似ているのでこの名前がついています。デジタル(digital)も語源は同じです。

 

抽出された有効成分は、強心配糖体といいます。弱った心臓、心不全患者に投与すると心臓の収縮力が改善し、息ぎれやむくみがなくなります。類似の薬物は、ガマの皮脂成分にも含まれることが分かっています。「ガマの油」の効能もまんざら嘘ではありません。そして、自然界には広く存在するもののようです。

 

 

ナトリウムポンプで細胞を維持する

 

強心配糖体に働きは、「心臓の筋肉である心筋の収縮力を強める」ことですが、その詳細な原理は、わかっていませんでした。心不全者のむくみが取れることに注目が集まりました。その理由は、心臓の力が改善したので利尿作用が進んだ結果です。

 

また、エネルギー源ATP*の利用効率を高めるのではないかとの考えもありましたが、実験的にそうでないことが分かりました。同様な骨格筋もATPをエネルギーにしますが、この現象はほとんど見られません。

 

あまり進展がないうちに、強心配糖体が心臓や腎臓から抽出されたある種のタンパク質に結合することが分かりました。このタンパク質はATPを分解する酵素です。ナトリウムとカリウムイオンを交換して運びます。このタンパク質はナトリウムポンプといいます。

 

*ATP:Adenosine TriPhosphate(アデノシン三リン酸)の略。「生体のエネルギー通貨」の役割を持つ物質

 

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ナトリウムポンプは、細胞膜に存在します。ATPをエネルギー源として細胞の中に溜まったナトリウムイオンを外に汲み出すのです。代わりに、カリウムイオンが細胞内に入ります。地球上の細胞は、内部はカリウムリッチ、外はナトリウムが大多数です。

 

このバランスが狂うと細胞は機能障害を起こし、破壊されます。ナトリウムポンプは細胞、ひいては生命活動維持には不可欠な分子なのです。強心配糖体は、このナトリウムポンプに結合して、その働きを抑制します。このことで心臓の力が強くなるのです。その理由は次に説明します。

 

 

心筋の力を強める仕組みとは?

 

心筋の働きは、収縮と弛緩で心臓から血液を全身に送り出すポンプの役目をしています。その原理は、細胞の中にカルシウムイオンが流入すると、収縮するのです。この経路をカルシウムチャンネルといいます。カルシウムイオンが細胞内にいると収縮しっぱなしです。

 

そこで、カルシウムとナトリウムを交換させてカルシウムを外に出す役割をするタンパク質が、ナトリウム-カルシウム交換系というもので、これにより収縮と弛緩を繰り返すのです。細胞の外側はナトリウムが多いので、細胞内には入りやすいので、この力を利用してナトリウムーカリウム交換系はカルシウムを外に汲み出すのです。

 

ここで、強心配糖体を使用すると、ナトリウムポンプの活動を弱めてやることになります。すると、細胞の中のナトリウム濃度が高くなり、外からナトリウムが入りにくくなります。ナトリウムーカルシウム交換系の力が弱くなり、カルシウムが細胞内にたまりやすくなるために、心臓は収縮が強くなるのです。

 

 

ナトリウムポンプをジギタリスで捕まえる

 

強心配糖体の特徴は、ナトリウムには強く結合するが、他のタンパク質にはあまり結合しないということです。そこで、強心配糖体でナトリウムポンプを高純度で精製することができます。集められたナトリウムポンプの構造は、分子生物学的手法で調べられ、ついにその遺伝子が発見されたのです。

 

このタンパク質は、すべての細胞に深く関わる重要な蛋白質分子です。強心配糖体は、その構造解析に大きく貢献しました。くすりを使いヒトの体を解明した好例です。今後も様々なくすりがつくられていくでしょう。

 

そのくすりで作用を注意深く観察していくと、ヒトの体のしくみがもっと深く解明できたり、その逆でからだが必要なくすりが何であるかを知ることができるでしょう。薬理学は今後もますます重要な位置を占めるようになるでしょう。




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